HOMMAGE後記~8~


↓昔の私と今の私の
同じシーンを並べてみた
(「生きて踊って」【私】より)
向かって
右:昔 
左:今

昔の方がスパッと直線的
今の方がより自然なライン

なので
リメイク(笑)

腕から指先までの柔らかい使い方は
ベリーダンスの影響が大

ジャズダンスは
ラインの強弱や緩急
造形の美しさ
という
審美性もあるから
上げる時はスパッとはっきり!
みたいな(笑)
2021年
年間かけて取り組んだ公演が
無事に
終わりました✨✨


反省や
至らなかった点はあるけれど


無事に終わることができた
もうそれだけでいい

喜んで頂けたし
嬉しいお言葉もたくさん頂けたし

もちろん
私も喜んでいる
(特に昔の私が
喜びとともに癒された)


昔の作品をリメイクしてのリバイバル
その取り組み自体
初めてなのはもちろん

実際に
取り組み始めて
その難しさも知り・・・


観客席ではなくステージが傾斜
という
通常とは逆な
スロープを使うステージ

ロビーなので

袖幕もないし
(表裏がない)

照明による演出もないし
(ロビーの照明+フロア等を照らすのみ)

ダンスで魅せないと
話にならない(笑)

衣装でごまかす?とか
当然ながら通用しない
(衣装【見た目】はバッチリだけど
肝心のダンスが・・・とかあり得ない)


本番が
どうなるのか
予測できなかった

昔の作品を
本当に踊れるのかさえ
全くわからなかった

けっこう大胆なパフォーマンス
とも言えるので

バンジーで!?(笑)
怖かった

が

気がつけば
ダンスと
作品達と
一心同体となり
すごくナチュラルに踊れた


成長したなぁ・・・(笑)


50才だし
当然か~!?
(踊る気持ちは
20代の頃と全く変わらない)


規模も小さいし
派手さもないけど

私なりに
ダンスの豊かさ✨を表現した
HOMMAGE


改めまして

ちかこさん
つなさん
子供達とご父兄の皆様
ホールの皆様
ご観覧下さった皆様

本当に本当に
ありがとうございました✨


そして・・・
最後にもうひとり
どうしてもお礼を言いたい方がいます✨


20代前半の私に
↓この3作品を創る機会を与えて下さった
今は亡き
三井俊之先生へ
(涙なしには書けません~)


先生
観て下さいましたか?

山梨の若手ダンサーを育成する場を

当時
そう掲げて
場を作って下さったおかげで

作品が誕生し

今
私はここにいることができます


今日まで
ダンスを続けることは
大変でしたが

当時の
作品創りに取り組む楽しさや
その作品を踊る悦びが
私を救い

その経験があったからこそ
今日まで続けることができた
そんな気もしています

今回の
当時の作品を復活させることで
実現したパフォーマンス

先生のご遺志に
少しでも報いることができたなら
本当に嬉しいです

先生が当時の私に下さったお言葉
「真摯」

そのお言葉を胸に
これからもダンスとともに
生きてまいります

先生

感謝してもしきれません

本当に

本当に

ありがとうございました✨

Satomi

響

私

命

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